黒い満月(ダランディーガから見た風景) / 満月の先の楽園






 ―――…俺は、正直疲れていたんだ。このまま消え入っても構わないくらい。

 

 だから、あの時皆が待ちわびる獲物が出現した瞬間に、こちらへ気を向かせるその挑発

を、ほんの少しだけ、そう、遅らせたと判らないほどで遅らせたのだ。

 獲物が出たと気が付き、振り向く。その瞬間を少し遅らせるだけで効果は十分だった。

「畜生!持っていかれた!何やってんだよ、ダランディーガ!」

 ハ、と俺は乾いた息を出して、初めてわざと釣り負けをした今日の空を見上げた。

 今日は闇曜日。昨日の光り輝く満月ではない、下手をすると黒く塗りつぶされてしまう

のではないかと思えるほど暗く彩られた、そんな澱んだような色の満月だった。

 獲物を取れなかった俺を非難する声が多く湧き上がる。それに対して、そういうお前達

こそ自分の力で奪い取ろうと努力したのかよという、友人の俺を庇う怒声が響いた。

 それを聞いた他の奴等も混じり始めて、どちらの気が抜けていたのか言い争い始めるが、

俺を庇う声の方が何故か多かった。でも俺はそれを素直に受け取れない。

 どうせ獲物の出現に待ちくたびれて、気が立って、そうやって荒れた気を発散できる物

事があればそれでいいのだろうと思えたからだ。

「向こうが占有できなくなる事を待つばかりだな。あいつらは人数が少ない上に不慣れだ

からな。きっとそのうち崩れるさ。獲物が弱った所を奪えばいい。大丈夫だろう」

 俺の横で違う友人が俺の肩を叩いた。俺は返事をする事すらも面倒くさく感じてぼんや

りと空を見上げていた。大事な友人からの言葉でさえも今となってはまともに返せない。

 返事が返せない俺の背中を、友人はため息をついてトン、と裏拳で軽く叩く。

「負けたのがショックだという気持ちはわかる。…しっかり気を持て」

 ナア、ソレッテサァ…。 アイツラニ サッサト 死ンジマエ ッテ イッテイルノト 

同意義語 ナンジャネェノ? 俺モ ソウ 思ワレテイルンダヨナァ。

 俺は感覚が麻痺したその頭でぼんやりと獲物に群がっている人だかりを見た。

 ―――…本当に、疲れたんだ。死んじまったらどれだけ楽になるだろうと思えるくらい。

 “強欲で糞な戦士 ダランディーガ お前なんてさっさと死んじまえ”

 ジュノ大公国の一角にある、住人がどれだけ消しても消せないほど鬱屈した思いが渦巻

く、同じ文言だが明らかに違う人物が書いたとわかる程筆跡が違う大量の落書きをうっか

り見てしまってから…。

 そうやって嬉々として俺を貶める為に事実とは全く無関係の事柄をさも真実のように書

き留めていく人々と、それを疑う事無く信じて“ああ、あいつらしいわ。見たことは無い

が、あいつなら絶対にこれくらいはやるわ。だからあいつ、嫌いなんだよなぁ”と笑いな

がら言い合う人々を実際にこの目で見てしまった…その時から。

 

 先日友人の1人であるミスラ族のナイトに食わせてもらったロブスターは何とか食べる

事ができた。

 不思議なもので、肉よりもうんと淡白な味が食べやすいというだけではなく、肉を食べ

ていないせいかどうかはわからないが、普段魚介類を食べても感じることが無かった甘み

が口の中に残って食べやすいと思ったのだ。

 肉物はどうしても、今は食べられない。

 誰かが食べる所を見る事はできるが、自分が食べるとなるとそれはまた別問題で、口と

胃が受け付けないのだ。よく眠れないし、寝付けないのも、自分の中で何かを消化し切れ

ていない証拠かもしれない。

「ウィンダスの水の区にある音楽の森レストランもロブスター料理を出してくれるよ。そ

んなにも気に入ってくれるとは思っていなかったから驚いちゃった」

「そうか?でもよく味わえば、甘いじゃねぇか。カニ肉も結構旨いと思えたな」

 アハハとミスラ族の女が笑った。今はそれが判らない人の方が多いのよと彼女は言う。

「落ち着いたら、あたし達が普段に食べるソースを作ってあげるわ。濃い味を好むエルヴ

ァーン族の口に合うかどうかわからないけどね。…でもロブスターを甘いと感じるところ

を見ると、大丈夫そうだね」

 俺は友人達に妙に勘ぐられる事もされたくないし、ジュノの落書きを笑って見過ごす事

も出来やしないので、そうやって言われたウィンダス連邦へと向かう事にした。

 何故か無理やり体を疲れさせる為に気まぐれに抱いた俺と同族のエルヴァーンの女も飛

空艇に乗り合わせていた。そう、飛空艇に乗ってしまえば、一気に噂のウィンダスだ。

「そう、音楽の森レストランに行くのね。あそこの料理もなかなかいいわよね。…ふふ。

ねぇ、ダランディーガ。本当はあなた、あの集団を抜け出したいんじゃなくて?だからわ

ざと失敗をしたんじゃないのかしら。あなたが負けるわけが無いものね」

 俺は何となくそんな事を言う女を見た。女はゆっくりと俺の股座の防具に手をかける。

 今日の飛空艇は乗客が少なく、俺と女以外の乗客はとっととデッキに出て行った。

 だから、それに流されるように客室を出て、人目に付きにくい倉庫へとデカイ男が女に

連れていかれても誰も目を止める人なんていない。

「…さあな」

「あのダランディーガが失敗したなんて、絶対にそうに決まっているともっぱらの噂よ。

他の集団の事は知らないけれど、あなたに対する待遇が悪いのかしらね?その実力をきち

んと評価しないなんて、お馬鹿な集団ね」

 俺は目を閉じた。話題が話題だけに、返事をする事すらもうっとおしい。

 だから媚を売るような顔で俺を覗き込んでいた、目の前の女の好きなようにさせた。

 目を閉じると薄暗い倉庫は真っ暗闇となる。深海の中へと深く沈んでいくようなその暗

闇の中で、俺は1人ジッと何かの闇を見ている気分になった。

 俺の何が欲しいのか知らないが、もうどうでもよかった。この件に対して黙ってくれれ

ばそれで良かった。だから俺は俺の体を投げるようにくれてやり、感情の目まで閉じた。

 ウィンダス連邦に着くと、女は用事があるからと待ち合わせの時間と場所を決めてさっ

さとどこかへと行った。まあ、こうなりゃ1人で居る方がよっぽど気は楽だ。

 ウィンダス連邦は4つの区画に分かれている。その内の1つ、港の横に位置する森の区

に入り、ブラブラと歩く事にした。

 ジュノに比べればその並ぶバザーの質だって悪い。陳腐なものばかりしか並んでいない。

 そんな陳腐なバザーを並べる一角に、俺は面白いものを見つけた。

 頭の上に2つの三角の耳を持ち、尻にその時の機嫌を表すしなやかな尻尾があるミスラ

族の女が2人仲良く並んで、件のゴールドロブスターを売っていたのだ。

 水槽とバケツにそれらが所狭しといった風にぎっしり詰まっている。

 それよりも俺が面白いと思ったのは、ミスラ族の片方の銀髪はつまらなさそうに、もう

片方の青紫は片割れとは裏腹に顔が緩んでいる、という事だった。

「お。覗いてみるもんだな!そのロブスター旨そうじゃん。へぇ、こうやって生かすのか!

生きているのなんて、初めて見るぞ!」

 俺は陽気に言ってみた。顔が緩んでいる方を適当に引っ掛けて、暇つぶしにいじって捨

てるつもりだった。今の俺はそれが難無く出来るほどささくれていた。

(…しかし、生きているロブスターなんぞ初めて見るな。この色って、昔に取った戦士専

用防具の色に似ているよなぁ。狭そうに詰め込まれて、まぁ。…今の、俺みたいだわ)

 俺はそう思い、当時物凄く頑張って取った自分専用の防具のような赤い色の海老を、ど

んな反応があるのか試しにつついてみる。すると予想外の元気の良さで水面から思い切り

跳ねた。水しぶきを上げてバシャンとまた水の中に落ちる。

「スゲェ!マジで元気だな、こいつら!」

 指先から伝わってくるその生命力は、今の俺には無いものだ。本当に当時の俺みたいだ。

 何と言うか、ふいにこの生命力を持つものを俺は食っているんだよなぁ、と思った。

 俺はその生命力に感動してしまい、思わずまたロブスターをつついてしまった。

 すると他の奴もまた、バケツの中で必死になってばねの役目をする胴の部分を思い切り

折りたたんだ。逃げる事が出来ない程のギュウギュウ詰めのバケツではそれは出来やしな

いけれど、彼らが住まう海の中で逃げるのなら、きっととても速く逃げていくのだろう。

「あ、あの!今買ってくれるんだったら、もうちょっと安くしてもいいよ!」

 今まで不機嫌そうに座っていた銀髪のミスラが、何が嬉しいのか満面の笑みで俺に声を

掛けてきた。…口を開けば、彼女の何と元気のいい事か。そしてご機嫌よろしく座ってい

たミスラが顔を曇らせてその片割れの服の裾を掴んでいる。

「いいのか?こんなの、儲けなんて無いだろう」

 俺はそのバケツの中にいるロブスターのように生命力が溢れているようなミスラを見た。

 笑うとますます生命力に満ち溢れるように、力強く感じる。外を元気に走り回っている

のだろうか、健康的な肌に、ばっさりと無造作に切った髪がさっぱりとして好印象だ。

 女の子らしくするよりも元気にやるのが好みなのかどうかはわからないが、彼女はその

さっぱりとした見た目に似合う、“ボク”という一人称を使って自分の事を呼んでいた。

 そのボクと自分を呼ぶ彼女は中性的ではあったが、顔は女性的に整っていた。とても元

気に笑うが、きっと静かに落ち着いた顔をすれば、凛とした雰囲気を持つ女になるだろう。

(ふーん…。まだ青臭そうだけど、十分に俺の好みの範疇だよな。体がやたらちいせぇけ

ど、さ。まあ、抱けない事は無いな。これ位なら何度も抱いた事、あるし)

 話によると彼女はロブスターが好物らしく、それで今日自分で釣ってきたらしい。

 だが長時間のバザーをしていたのだろう。彼女によると彼女にとって旨い時間がもうす

ぐ過ぎ去ってしまうらしい。だから今すぐ食べるのが安くする条件なのだそうだ。

 俺はなかなか成立しがたい交渉だなと思ったが、身を乗り出して嬉しそうに笑っている

そのミスラを見て、思わず貰い笑いをしてしまった。

 あまりの興奮に顔を真っ赤にしていた彼女は、連れが引っ張る服の裾に我に返り、バツ

が悪そうに身を乗り出した体をまた戻す。

 その元気さに俺は負け、どうせ今日もまたロブスター位しか食えねぇだろうと思った事

もあり、そのロブスターを全て買うと言った。

 どうせ全て買ってもはした金だし、今日食べ切れなくても明日も食べればいい。

 俺はそれ位の軽い気持ちで買うと言ったのだ。

「やったー!」

 それなのに、心底嬉しそうに彼女が腕を上げながら大声で叫んだ。

 気分が相当上がっているのか、耳と尻尾がピンと立ち、彼女の顔が1番輝いている。

(…おいおい、全く、ここまで嬉しそうに売り物をするバザーなんぞ見たことは無いぞ。

いい事をしたなぁって、思っちまうぞ?はは、スゲェ、気分がいい買い物をしたもんだな)

 俺の前でこんなにも無邪気に何かを喜ぶ姿を見せる女って誰かいたかな?アイテムや金

をくれてやりゃよろこぶが、それとこれとは訳が違うよな。

 俺は頭の隅でそう思いながら、自然と口元を緩ませて財布に手を伸ばす。

 彼女は改めて俺の前で1尾ずつ地面に取り出して数を数えて地面に計算式をガリガリと

書き始めた。その計算式の1尾の値段は本当に安かった。いいのか?と思うくらい、本当

にタダ同然だった。

 俺は思わずというか当然というか、彼女がうつむいた時にできるその胸の谷間に目を走

らせる。…俺の気分をここまで上げてくれたキミに“女”もついでに求めてもいいじゃな

いですか。ねぇ?何なら、それに対する追加料金も払っちゃうよ。

(お、結構胸あるな。こんな堂々と谷間なんぞ見せ付けて、まぁ。眼福、眼福。…はー、

最初は気が付かなかったけど、すげぇな。腰が引き締まって、体のラインが理想的だわ。

…って、あれ。自分をボクっていうほど子猫のはずなんだけどなぁ…。おかしいな)

 俺は一応そんな事を考えているなんて思わせないように、計算をしている彼女の横にい

る女と出来るだけ陽気に他愛も無い言葉を交わす。

 それでも、何かがおかしいのだ。

 体がかなり小さいくせに、彼女が持っているその体のラインはどう見たって冒険の旅へ

と十分に出かける事が出来る体を持つ年齢の女が持つラインのように…見える。

 この様子は冒険者では無いし、かといって、同族のミスラの男にはべる女でもない。

(はべる女ならこんな風に冒険者に胸を見せ付けるなんて事ありえねぇしなぁ…。しかし

眼福過ぎるな、こいつは。ほら、他の冒険者だってチラチラ覗いているじゃないですか)

 そうやって彼女達と言葉を交わすうちに、一応今日の連れである女がやってきた。

「どうしたの、ダラン。こんな所で何かあった?待ち合わせ時間は過ぎているわよ。もう

すぐ座れなくなっちゃう」

 自分達の時間を潰されたと思っているのだろうか、それとも同じ女としての彼女への嫉

妬か、女は彼女を見て眉をひそめる。女はミスラ族を毛嫌いしていたから余計に気に入ら

ないのだろう。

「こいつから釣りたてのロブスターを買った。今しがた釣ってきたんだとさ。料理が上手

いのは誰だったかね。近くに誰か居ないかな」

 俺はわざとそう言ってみせた。茹でる位なら自分でもできるし、別に他人の手なんて借

りなくても十分出来る事だ。平たく言ってしまえばエルヴァーンの女でも出来る。

 しかし女は俺の話に乗らず、水槽の中の真っ赤で立派な海老達を見て鼻で笑った。

「そんな味気の無いものよりも、肉の方が美味しいんじゃなくて?ウィンダスならダルメ

ルの肉が美味しいって聞いているわよ。それに、うちのリーダーを呼んだわ。あなたの様

子を見に来たの。そんなものを食べている時間なんてないわよ。うちに入れば今すぐにで

も幹部になれるわよ。不満だらけの今以上の待遇をするわ。3人でその話をしましょう」

 …つまんねぇ事をしやがって。誰がいつお前にお前が所属する集団に入れてくれと言っ

た。俺は俺が信用する友人達があの集団を動くと言わない限りは動く気は無いんだよ。

 第一俺は幹部になりたいとかあそこの集団を支配したいとかそういう事を思ってあの集

団にいる訳ではない。だから俺は幹部になれという話を何度も断っている。そうやって断

る事が嫌味として映っているとか何とか…知ったこっちゃねぇよ、フザケンナ。どうせ幹

部になったらなった所でギャーギャー文句を言うに違いないんだよ。

 そんな事を話し合う食事なんぞ、俺はごめんだ。ただでさえ食が進まないのに、更に食

が進まなくなってしまうじゃないか。そういった話題の席は決まって肉料理で、だから肉

料理を見るたびに憂鬱になって肉が食えなくなったというのに。

 折角目の前のミスラの少女で気分を上げたというのに、後からやってきたこの女のせい

で俺はまた暗い所へと引きずられていくような気がした。

 しかし目の前のミスラの彼女の前でこんなどす黒い事を口にする気なんて無かった。こ

の思いを全て口にすれば、ここで買った大きな海老達もケチがついて不味くなりそうだ。

 そうやって俺が沸々とどす黒い感情に支配されつつあった時、彼女が口を開いた。

「茹でるだけでよかったら、ボクが茹でようか?ボクが合うと思う、いつも食べるソース

も作ってあげるよ。ボクにはそれ位しか出来ないし、音楽の森で出すほどの料理は出来な

いけど、それでよかったらお姉さんも食べていってよ。冒険の話を面白く聞かせてくれた

らお金は要らないよ、ボクはいつもそうやって冒険者の話を聞いているんだ。ボクもいつ

かは冒険者になりたいからね」

 そういう彼女の地面の計算式はいつの間にか消されていて、笑ってはいたけれども媚び

の無いまっすぐな瞳が俺をしっかりと見ていた。

 俺は驚いた。驚いたが、どちらの話に今乗りたいかと聞かれたら、ミスラの少女の話の

方に決まっている。…俺達の話を聞いて気を遣ってくれたのかな、とも、思う。

「本当か!いい!それでいい!今すぐ茹でてくれ!そう、俺さ、1回何もついていないロ

ブスターも味わってみたかったのよ!誰かを呼ぶにしても時間が掛かっちまうと思ってい

たんだよ!地元の魚好きが出す、レストラン以外のソースってえらく魅力的だな、おい!

他に釣ったものは何か無いか?あったら食わせてくれよ!もちろんきちんと金は払う!」

 俺は心底、そう思った。同じ時間を過ごすなら、どう考えても目の前の銀髪のミスラだ。

 皆に評判がいい高い料理を向こうの奢りで頼んでもらい、不味い話題で暇を潰すように

過ごすくらいなら、それに比べて安くて味がうんと落ちる料理だとしても、それを食いな

がらちょっとでも気に入った女と甘い時間を過ごす方がよっぽど魅力的で“旨そう”だ。

 連れのミスラが彼女の服の裾を思い切り強く引っ張った。まるで2人の邪魔をしちゃ悪

いよと言っているようだ。でも彼女はどう?いい感じでしょ?こっちの方が楽しいよ!と

言わんばかりにこちらを見てニコニコと笑っている。

 俺も思わず笑ってしまう。どっちを選ぶかは明瞭だ。今、さっき計算していたよりもう

んと高い金額を吹っかけられても、それでも俺は銀髪のミスラの方を取る。

「…この通り俺は行かんよ。肉なら他の奴と食ってくれ。俺はここでロブスターを食う」

 俺は女を見て言った。早く向こうへ行ってしまえ。その気持ちを込めて、言った。

「…っ、勝手にすればいいわ!後でやっぱり入れてくれと言われても、絶対に入れてあげ

ないわよ!」

「構わん。俺もお前にここまで来てそんな話をされるとは思っていなかったからな。純粋

に旨いと評判の飯を味わって食いたいだけなのに、そんな話なんぞされたら旨い飯も不味

くなるわ。さっさと向こうへ行ってしまえ。俺こそお前を2度と誘わん」

 怒り心頭の顔でこの場を去っていくエルヴァーン族の女をチラッと見ただけで、俺はま

たバケツと水槽に狭そうに入れられているゴールドロブスターを眺めた。

(本当に俺って、何の価値があるのかねぇ…。あそこまで死ねって思われているのにさ)

 その思いが出て、思わず水槽の中に指を突っ込み、ゴールドロブスターの背中をつつく。

「いいの?1人で。お姉さん行っちゃったよ」

「んー。いいの、いいの。お前だって自分の好きなものを否定されたら嫌だろうが。今の

俺はね、ダルメル肉よりもロブスターの塩茹でのほうがよっぽど魅力的なのさ」

 落ちた気分のままで俺は彼女に笑ってみせた。彼女はどこか心配そうだ。

「あ、お兄さん、友達を呼んで賑やかにしてもいい?うんと遠くの話じゃなくてもいいん

だ、ボク達ウィンダスを出た事が無いから、海の向こうの、えーっと、サンドリア王国や

バストゥーク共和国の話をしてくれるだけでいいんだよ」

「おやおや、そんな事でいいのかい?」

 俺はてっきり、空に浮かぶ島に出てくるモンスターや、出現と共に皆が取り合う竜の話

をねだられると思っていた。

 そういう話ができそうな俺だからこそ、そういう話を持ちかけられたのだと思っていた。

 珍しい物だと注目されるのが心地よくて、そうやって見られる為に着けている装備だっ

たから、今日もまたそういう話をねだられるのだろうと思っていたのだ。

 しかし、彼女は大きな目を期待でキラキラと輝かせながら首を縦に振る。

「うん、いいの。大きな竜を倒したとかそういう自慢話もいいけど、みんな途中で想像で

きなくてつまらなくなってくるんだぁ。それだったらね、サンドリア王国の入り口にもマ

ンドラゴラが居るとか、夜になると川沿いに妙なお化けが出てくるとか、そういう話の方

がよろこぶんだ。船に乗れるのなら、船の話も聞きたいなぁ。そこで釣りをするんだよね?

どんなモンスターが出てくるのかな!」

 どうやら本当に他愛もない話をねだられているようだ。

 そんな話なら、今の俺でも十分出来る。希少価値の高いモンスターの話などをしたらま

た気分が落ちて、ゴールドロブスターを食べられなくなるのかもなぁと思っていたのだ。

 俺が彼女に助けられたのはこれで何度目かな。光が届かないほどの深い海底から海面ま

であっという間に引き上げられた気分になる。

「…じゃあ、いこうかな」

「うん。うちへおいで。ボクはお兄さんの話を聞くのが楽しみだけど、お兄さんにとって

も楽しい時間になるといいね」

 その言葉を口にしながら彼女は嬉しそうに笑った。本当にこいつの笑顔って、俺までつ

られちまうよなぁ…と思いながら、俺もまたついつい口元を上げて笑ってしまった。






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