ジュノにて / 満月の先の楽園






 斬って、斬られて。命を削って、削られて。

 もちろん、そんなのは自分だけではない訳で。

「もう後ちょっとだ!気合入れろぉ!歌を歌うぞ、気分を盛り上げたい奴は耳を貸せぇ!」

 吟遊詩人の、皆の気分を盛り上げる為の歌を力強い声で歌う歌声と彼が奏でる楽曲の間

奏が耳に届き、それを聞いた皆が尽きそうな自分の力を精一杯振り絞る。

 それは今の戦いを生き延び、勝利を得て英雄になって国へ帰ろうという歌だった。

 皆、英雄になりたい。

 大きな獲物を仕留めたその称号が欲しくて、その獲物を倒した証である獲物の装飾品や

体の一部が欲しくて、皆張り切って大きくて強い獲物に襲い掛かる。

 ダランディーガもまた、精一杯の力を振り絞り、斧を振り上げる。

 誰かが獲物を仕留める最後の一撃を打ち放ったのだろう、その獲物はズシンと大きな音

と地響きを立てて倒れこんだ。

 獲物を仕留めたその喜びで皆が歓喜の声を上げる。

 負傷者だって半端無いし、ダランディーガ自身も防衛本能に支配される獲物に襲い掛か

られ、腕や腹から血を流している。

 ダランディーガは息を切らせながら、顔に浴びていた獲物からの返り血をグイッと自分

の腕でぬぐった。白い息が風に流されて消えていく。

 この土地に来た時に吹き荒れていた吹雪も今は止んで、雪の反射光が目に痛く突き刺さ

る。思わずその痛みに目を細めた。

 この獲物を倒すという同じ目的を持って戦っていた奴らは倒した獲物に駆け寄り、その

獲物が持つ“持ち物”を取り合っていた。それをダランディーガは冷めた目で眺める。

 ダランディーガはその持ち物には興味が無い。手応えのある相手に自分の力を振り絞り

たい、ただ、それだけだ。

 回復術がダランディーガに向かってどこかから飛んできた。その術を投げてくれた相手

を見ると、騎士のミスラだった。

 彼女の姿を見て、何となくジュノに残してきた新米冒険者を思い出す。

「ダランはいつもそうやって遠くから冷めた目で見ているけどさ、アイテムはいいの?」

「いいんだよ、別にね。お前こそどうなのよ。あいつの体の中で出来る金属なんぞ、それ

なりにいい値で取引されているんじゃねぇのか?」

「そうなんだけどねぇ。あたしは、まあ、強い奴を倒せたっていう爽快感を味わう事が出

来ればそれでいいんだよ」

「なるほどなぁ。それは俺も同感だ」

 ミスラの騎士が笑う。その声は優しかった。

 その笑い声を聞いて、下がっていたダランディーガの口元がちょっと上がる。

『凄いねぇ、海の上って空の色まで違うんだねぇ!ミンダルシア大陸とクォン大陸って風

の匂いも違うのかな?ボク、共闘する事は上手くできるのかなぁってとても緊張するけど、

新しい大陸に行くのって物凄く楽しみだよ!空の色が変わってきたから、もうすぐダラン

が教えてくれた、新しい大陸につくんだねぇ!船って凄い、凄いね!』

 心底嬉しそうな新米冒険者の声がダランディーガの耳に蘇った。

 ダランディーガが空を見上げる。

 キンと冷えた空気で構成される風がダランディーガの頬を突き刺すように吹き、降り積

もった雪の表面を滑り、表面の乾いた雪を舞い上がらせる。

 今は信じられない位晴れた空だ。限りなく突き抜けた空が青く輝いているように見えた。

 その場所によって空の色も風の匂いも違う。今までそんな事を考えずにいたダランディ

ーガにとって、その新米冒険者の言葉は新鮮だった。

 あの小さな新米冒険者といるだけで、自分が今まで見てきた風景も少し違って見える。

 ダランディーガは時々彼女がしていたように、彼女の大きくて丸い瞳いっぱいに映る空

の色のような、ダランディーガにはあまり違いがわからない空をじっと見上げた。

「空、か」

「ル・オンの庭に何かあった?1ヵ月後はあそこだけどさ」

 空を見上げてポツリとつぶやいたダランディーガの声に、ミスラの騎士が不思議そうに

声を掛ける。

 それを聞いたダランディーガは首を横に振り、1つ息をついてミスラの騎士に向かって

苦笑した。

「俺は今まで、空を見上げて何かを考える事なんて無かったなぁと思ってさ」

「何を言うかと思えば。ダランも新米にやられたかぁ。待ち時間に男共が噂していたけど、

ダランも引っかかるとはねぇ。…あの子は新しい土地に行くたびに、ミンダルシアとここ

は空の色も風の匂いも違うねぇってすぐさま言いそうだ。あたしはそれに引っかかったわ」

「そうか?俺達にはわからないが、色が違うのか」

 男共が新米にやられたという言葉に、ダランディーガが更に苦笑する。そしてまさに目

の前のミスラが言う事そのものを、あの小さい新米冒険者は違う場所で言ったのだ。

「…違うよ。ここは妙な磁力と魔力で、どれだけ晴れ渡っていても微妙にくすんでいる。

それがわかるのは、あたし達ミスラの体の奥にある狩りの本能で、能力なんだ。それが強

力な子ほど初めてのジュノで酔うんだよ。土地の情報を集めすぎて、体がパンクするんだ。

ジュノの前にサンドリアに寄って人混みに慣らせた方があの子の為だっただろうね。あそ

こもウィンダスよりも人が密集しているけど、森が近いからまだ体はすぐ楽になるもの」

 ダランディーガは初めてその事を知り、驚く。ミスラの騎士はそう言うとしばらく空を

眺めた後でうつむき、自分の手を眺めて唇を噛み締めた。

「どうした」

 ダランディーガは珍しくも耳がゆっくりと伏せていくミスラの騎士を見て、心配そうに

声を掛けると、ミスラの騎士は苦く笑って首を横に振るが、少し泣きそうな顔をした。

「あたしもそうやって空を見て、色がどうって思っていた事もあったんだよなぁって、さ、

今思い出したよ。ナトに面白い事を言うなぁって言われたんだ。あたしを直接ジュノに連

れて行かずにサンドリアへと連れて行ってくれた理由の大半がそれでさ、それでだいぶと

助かったんだ。…ちょっと感傷的になってしまったな。あの新米を見たからだなぁ。あた

しもあんな時があったんだって思っちゃった」

 ついに、倒した獲物の持ち物の件で争いが始まる。ここ2年ほど、こうやって争う事が

多くなってきていて、ダランディーガはそれにうんざりとしていたのだ。

 笛と琴を持って疲れた顔をしたジーンがこちらにやってきた。彼もこの争いにうんざり

としていた、ダランディーガにとっての“旅の仲間”という名の人物の中の1人だ。

「毎度、毎度、あいつらも懲りないもんだな。ルールがあるというのに、何で争うのやら」

 帽子を脱ぎ、汗で湿った頭を掻きながらジーンがそうつぶやくが、ミスラの騎士を見て

彼女の鼻をつまんだ。

「どうしたぁ、フォーノ。いつも以上に元気が無いねぇ。ほら、休まないと鼻をつまんだ

ままで居るぞ」

 ウーッと唸りながらミスラの騎士フォーノがジーンの手をパシパシ叩いた。ジーンはフ

ンフフンと吟遊詩人らしく正しい音階で鼻歌を歌いながらその様子を見て楽しんでいる。

「俺と2人であのジュノ酔い新米を思い出して、自分の汚れ具合に辟易していたんだよ」

 ダランディーガの言葉に、ジーンがうつむいて笑った。

「あー、あの子ね!あの子も可愛かったにゃー。冒険に出るからってわざと見た目も言葉

も中性的にして、頑張らなきゃって気負って小さな体で踏ん張って立って、大きなくりく

りとした目で一生懸命低い所から見上げてさぁ。踏ん張りすぎてちょっと突いただけでも

すぐにこけちゃいそうだったにゃー。今頃きちんと誰かに手伝ってもらって、ジュノに連

れてきてもらったようにウィンダスに帰っているかにゃー。ジーンお兄さんだったらあの

場で優しく手を取って連れて帰るにゃー。酷いお兄さんに出会っちゃったから、優しいお

兄さんにすぐにコロッといきそうだにゃー」

 ジーンはおどけるようにニャーニャーと言いながら、チラッとダランディーガを見た。

 ジーンが言う“あの場”とはパーティを解散した時の事だ。だが、直前までパーティを

組んでいた事を知らない人物が聞いたら、あの酷く酔ったあの時間の事を連想するだろう。

 予想通りダランディーガの眉間に皺が寄っている。

 その顔にジーンがプッと吹き出し、ジーンの指から解放されたフォーノも笑う。

「そんな顔するなよ。そんなにも子猫ちゃんが心配か。ジュノに居なかったらウィンダス

へ行けばいいだろう」

 ジーンがそう言いながら、ダランディーガと小声で話をする為にそっと顔を近づけた。

「…“落書き”は確認したが、タロンギで何も知らずに経験稼ぎの道具として拾われた新

人がいると名前を書く事だけは見逃されている。あとは砂丘だが、これも来ていた。俺が

拾ったメンバーの中の1人が書いたな、あれは。内容が具体的過ぎる」

 ダランディーガは眉間の皺をますます深めた。

「何だよ、そこまで来てんのかよ。気分わりぃな」

「俺もさ、来るかなぁってちょっと思っていたのよ。お前、違う猫を抱いただろう。あれ

でますます子猫ちゃんが経験稼ぎの道具として見られていて、目を遠ざけているみたいだ

な。“流石猫好き”と書いてあったからな。今はあの女が追いかけられている気がするが、

子猫ちゃんにも注意しておきな。ジュノ酔いで運んでいったからな」

 ダランディーガとジーンが鋭い目で獲物に群がる人だかりを眺めた。

「だが、あそこでお前に任せた事は後悔していないぞ。あんなもん、1人でうろつかせる

のがまずいんだ。お前の名前を出せばひょこひょこと誰にでもついていくガキを何で砂丘

に1人残した。馬鹿か、お前は。俺が拾わなかったら今頃ブブリム半島だろうがバルクル

ム砂丘だろうが、ダランディーガの名前で引っ張られた男の食い物になっているぞ」

 ジロリとダランディーガを睨みつけ、ジーンが軽くダランディーガの腹を殴る。

「それが嫌ならしつけ直せ。これはそっちの方面も叩き込んでいないお前の責任だ」

 これまたうんざりした顔で、極東装束を着たエルヴァーン族のナトルジーノがこちらに

来た。まだどこかから血を流しているのか、彼の作る足跡にほんのりと赤い血の跡がある。

 フォーノが回復術を投げてナトルジーノを見上げた。

「何がアイテム狙いで来たんだろう、だ。アイテム狙いなら今でもアイテムを漁っている

だろうが、よ。全くもってくだらねぇ。帰るぞ。次回から俺達の代わりを入れてもらうよ

うに話を付けてきたからな。最初の予定通り、今日で参加は終わりだ。カナナとランスロ

ンスはどうした」

 ふとダランディーガがタルタル族で固まっているその塊を見た。タルタル族は妙に連帯

感が強く、所属国は関係なしで何故か寄り合って固まるのだ。その中にそのカナナとラン

スロンスが居るのが見える。

「ランスロンスと2人で帰るんじゃねぇの。ウィンダスへ帰りたいといっていたしな」

 ナトルジーノが肩をすくめてそのタルタル族の塊の中に向かって歩く。

 そして彼らと話をした後またこちらに向かって歩いてきた。

「ランスロンスと直接ウィンダスへ帰るとさ。じゃあ帰るか、お疲れさん。打ち上げはど

こがいい。早くこんな気分を忘れて酒が呑みてぇ」

 不機嫌に眉間に皺を寄せながら、ナトルジーノが酒場を思い出しながら指折り数えた。

「この間はバストゥークだったから、サンドリアの錆びた錨、ウィンダスのララブの尻尾

に音楽の森か、有名所じゃなくても小さい酒屋でもいいな」

「…ジュノの海神楼で海老が食いてぇなぁ。それと一緒に新開拓でウニだな。旨いか?」

 ダランディーガがそう言うと、3人がダランディーガを見てフッと笑う。

(ウィンダスでは裏称号が“くさったバナナの王様”だしなぁ…。一体何をしたのやら)

「何だよ」

「いーや、何でもねぇよ。お前本当に甲殻類にはまったな。フォーノには悪いが俺はやっ

ぱり肉の方が旨いと思ったぞ。…じゃあ明日の5時にジュノのいつもの所で落ち合うか」

 ひらひらとナトルジーノが手を振ると、魔道具を使ってさっさと帰る。その姿を見て、

続いてジーンとフォーノも魔道具を使って、ここ以外の場所へと飛んだ。

 ダランディーガは1人、遠くで獲物の持ち物の取り分について言い争いをしている声を

尻目に、ふとまた空を見上げる。

 山の天気は変わりやすくて、雪を運ぶ雲が重く垂れ下がってきていた。

 もうすぐ吹雪が来るだろう。ウィンダス生まれ、ウィンダス育ちのあの子は、こんなに

も強く雪が降っている土地なんて見た事はないだろうなと思った。

「…あいつ、まだ居るのかな。あいつから見たら、ここの景色ってどういう風に見えるん

だろうな」

 ダランディーガはそうつぶやいた後で、暴力沙汰となっている争いを遠目に冷たく見据

えて、呆れ顔で次々と帰っていく冒険者に混じって魔道具を使ってこの土地を去った。








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